ヒトES細胞やiPS細胞が未分化状態を維持したまま増殖する仕組みの解析や、未分化状態から胚葉形成に至る分子機構の解明を進めている。
未分化ヒトES細胞特異的に発現している遺伝子は自己増殖機構に関与している可能性が高いと考えられる。そこで、未分化ヒトES細胞と、それを分化させた細胞、ト繊維芽細胞株で発現している遺伝子をマイクロアレイ解析、RT-PCR解析により比較検討を行った。未分化ヒトES細胞に特異的に発現し、分化誘導に伴いすみやかにその発現が消失する遺伝子の一つであるPRDM14遺伝子について、ヒトES細胞における機能を解析した。
siRNAの導入による発現抑制によりES細胞は未分化状態を維持できなくなり、またPRDM14遺伝子の強制発現により、分化誘導した場合に発現が上昇する遺伝子群の発現が抑制された。この結果からPRDM14遺伝子は細胞分化に関わる遺伝子の発現を抑制することにより、ES細胞の未分化性維持に寄与していると考えられます。
Wnt/β-catenin を介したシグナル伝達は動物の発生分化の様々な局面で重要な機能を果たしていることが知られている。マウスES細胞では、Wntによるβ-catenin の活性化がES細胞の自己増殖に重要な機能を果たしていることが知られている。そこでヒトES細胞で、β-cateninの活性化を誘導したところ未分化状態の維持ではなくむしろ細胞分化が誘導されることがわかった。遺伝子発現の解析結果などから、この細胞分化過程でES細胞はまず原条 (primitive streak)と呼ばれる将来中胚葉や内胚葉を形成する組織を作り、そこで自身が分泌するBMPの刺激により尾側の中胚葉組織に分化することが明らかにされた。さらにこのとき、BMPシグナルを抑制すると頭側中胚葉や内胚葉になる中内胚葉組織に分化することがわかった。
この研究により哺乳動物の初期発生に於いて最も重要な細胞分化現象の一つである原条形成から中胚葉・内胚葉組織への分化運命の決定を試験管内で再現することができるためヒトの初期発生・細胞分化の分子機構の研究に有用なシステムになると考えられます。
Sumi T, Tsuneyoshi N, Nakatsuji N, Suemori H. Defining early lineage specification of human embryonicstem cells by the orchestrated balance of canonical Wnt/β-catenin, Activin/Nodal and BMP signaling
Development 135, 2969-2979 (2008)