研究内容ー幹細胞分化調節

   The cyclic gene Hes1 contributes to diverse differentiation responses
        of ES cells by regulating Notch signaling activation
      (振動遺伝子Hes1によるES細胞の多様な分化応答の調節機構)

 近年、胚性幹(ES)細胞から様々な種類の細胞を分化誘導する方法が確立されてきています。しかし、いずれの方法においても、ES細胞は均一に分化するのではなく、個々の細胞がバラバラなタイミングで分化していきます(1)。そのため、純粋な分化細胞を得るには、セルソーターによる純化等が必要であると考えられてきました。この様なES細胞分化の不均一性は長年観察されていたものの、そのメカニズムはほとんど分かっていませんでした(1-4)。

 私たちは、bHLHファミリーに属する抑制型の転写因子Hes1に着目し、以下に示す現象を明らかにすることができました(5, 6)。まず、Hes1は、ES細胞において、未分化性維持因子であるLIF, BMPの制御下で豊富に発現していますが、その発現量は同じ細胞コロニー内であっても細胞間でバラバラでした(A)。また、発光タンパク質ルシフェラーゼを用いたリアルタイムイメージングにより、Hes1の発現がES細胞内で約3−5時間の周期で発現が振動(オシレーション)していることが分かりました(B)。つまり、あるタイミングで観察したとき、個々のES細胞のHes1の発現量はバラバラなのですが、そのバラツキは、Hes1の発現の振動が細胞間で同調していないために生じていたことが分かったのです(A, B)(5)。では、このオシレーションはES細胞でどのような役割をもつのでしょうか?

 Hes1遺伝子をES細胞からなくしたHes1ノックアウト細胞でも、未分化性は維持されており、増殖も変化はありませんでした。一方、Hes1は転写因子であり、ES細胞内でも様々な遺伝子の発現を制御していました。特に、Hes1の発現の振動は、Hes1の下流遺伝子Gadd45gやDelta-like1(Dll1)の発現変動を引き起こしていることが分かりました。Gadd45gは細胞周期のG2/M期のインヒビターであり、Dll1は神経分化に必須とされるNotchシグナルのリガンドであることから、これらの下流遺伝子発現の変化は、細胞の分化能力に関与しているのではないか、と考えられました。そこで、Hes1遺伝子の開始コドン(ATG)下に蛍光タンパク質であるVenusをつないだVenus-Hes1ノックインES細胞を用いて、Hes1の発現レベルが高い細胞と低い細胞をFACS sortingにより分離して、それぞれの分化能力を比較しました。その結果、Hes1タンパク質の発現が高い細胞群は初期中胚葉に、発現が低い細胞群は神経に分化する傾向のあることが分かりました(C) (5)。

 次に、Hes1の発現を失ったHes1ノックアウトES細胞株、並びにHes1を高発現するHes1過剰発現ES細胞株を使って、ES細胞の分化の際に機能する分子メカニズムを調べました。神経への分化誘導を行ったところ、Hes1のノックアウト細胞ではNotchシグナルがより活性化されており、非常に高い効率で神経系に分化すること、一方、Hes1を高発現する過剰発現ES細胞株では、Notchシグナルの活性化が抑制されており、分化が遅れて(神経へ分化する能力を失い)初期中胚葉に分化することが分かりました(5, 6)。つまり、分化誘導時のHes1の発現レベルによって、Notchシグナルの開始のON/OFFが制御されており、その後の細胞分化の方向性が決定されていると考えられます(C) (5-7)。

 以上の発見により、Hes1発現の振動は、様々な分化の能力をもつES細胞を作り、幹細胞の不均一な分化に寄与していることがわかりました。遺伝子の発現振動は、同じ遺伝的背景を持つES細胞が、多様な細胞応答を可能にする細胞戦略の一つであるとも考えられます。

A: 同じコロニー内でのHes1の発現のばらつき
B: リアルタイムイメージングによるHes1発現の振動のプロット
C:  Hes1の発現振動とES細胞分化

(引用文献)

1.Lowell, S. et al. (2006) PLoS Biol. 4: 805-818.
2.Chambers, I., et al. (2007) Nature 450: 1230-1234.
3.Toyooka, Y. et al. (2008) Development 135: 909-918.
4.Furusawa, C. and Kaneko, K. (2001) J. Theor. Biol. 209: 395-416.
5.Kobayashi , T. et al. (2009) Genes & Dev. 23: 1870-1875.
6.Kobayashi, T and Kageyama, R. (2010) Genes Cells 15: 689-698.
7.Kobayashi, T and Kageyama, R. (2010) Cell Cycle 9: 207-208.

当研究室のテーマ

神経発生

体節形成

2時間を刻む生物時計

成体脳ニューロン新生

・幹細胞分化調節