研究内容

発展研究
「エイズウイルスリポペプチドを標的とした新しいタイプの脂質免疫応答 」

ウイルスは固有の脂質を持たないのか?

 「ウイルスは遺伝子にコードされた固有のタンパク質を産生するが、固有の脂質は持たない。だから脂質免疫は、ウイルスに対しては無効である・・。」と多くの人は考えていた。しかしいくつかのウイルスタンパク質は、宿主由来の脂質を結合してその機能を発揮する。たとえばヒト免疫不全ウイルス(HIV)やサル免疫不全ウイルス(SIV)が産生するNefタンパク質は、宿主細胞内でC14直鎖脂肪酸(ミリスチン酸)の修飾を受ける。すなわちウイルス固有の「脂質化タンパク質」が存在するのだ。ミリスチン酸修飾を受けたNefタンパク質は細胞膜に結合し、MHC分子やCD4分子などの免疫分子の発現を抑制することができる。すなわちNefタンパク質のミリスチン酸修飾は、ウイルスが宿主免疫から逃れる重要なエスケープ機構である。

 もし免疫系が、このミリスチン酸修飾を受けたNefタンパク質を特異的に認識し、これを標的とした細胞傷害性T細胞応答を誘起できれば、有効なウイルス感染防御が成立するのではないか、と私たちは考えた。

 

ミリスチン酸付加Nefペプチドに対するT細胞応答

 そこでまず、ミリスチン酸付加Nefタンパク質に由来する一連のリポペプチドを合成した(図1)。

 

neffigure1 図1

 

 ウイルス研究所・五十嵐樹彦教授のご協力により六頭のSIV感染アカゲザルより末梢血単核球を得、これらの合成リポペプチドに対するT細胞応答をインターフェロンガンマエリスポット法により検証したところ、C14nef5(図1右から2番目)やC14nef6(図1右端)を特異的に認識してインターフェロンガンマを産生するT細胞の存在を認めた(図2*印)。またこの応答のマグニチュードは血漿ウイルス抗体価と逆相関の関係を示したことから、このT細胞応答がウイルス感染防御に働いている可能性が強く示唆された。

neffigure2図2

 

C14nef5特異的T細胞株(2N5.1)の樹立

 さらに詳細な解析を行うため、C14nef5を特異的に認識するアカゲザルT細胞の株化を試み、2N5.1を得た。このT細胞株はCD8陽性細胞傷害性T細胞であり、C14nef3、C14nef4、C14nef6には反応性を示さず、C14nef5のみに反応性を示すT細胞株であった(図3左)。さらに5-merペプチドに結合する脂肪酸の長さを変えてみたところ、C14nef5がもっとも抗原活性が高く、脂肪酸の長さがそれより短くなってもまた長くなっても抗原活性は顕著に低下することがわかった(図3右)。

neffigure3図3

 

リポペプチド抗原提示分子の発見

 C14nef5リポペプチド抗原を提示する分子は何だろうか?。当初私たちはCD1分子を想定していたが、多角的解析からその可能性は否定的となった。そこでアカゲザル単球(抗原提示細胞)を認識し、2N5.1への抗原提示を阻害するモノクローナル抗体を得、その認識抗原の同定を進めた。2014年4月の時点でこの分子(図4の"LP1")の同定を完了し、X線結晶構造解析を進めている。

neffigure4図4

 

リポペプチド抗原提示分子の結晶構造を解明

 2016年1月、Nature Communications誌に、LP1のX線結晶構造を発表しました。LP1は古典的MHCクラス1分子の1アリルですが、リポペプチドを結合する特有のポケット構造を有していることが明らかとなりました(図5)。

b098structure図5

 

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