エッセイ

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廃盤となった「教授のブログ」からの一部抜粋です。

合鍵

私はテレビを見ない分、ラジオのheavy listenerである。

ここだけの話だが、年6回の大相撲本場所の時期は、
午後5時半から6時までは、大相撲を聴きながら仕事をする。

ラボメンバーには迷惑な話だが、日中の国会中継もよくラジオで聴いている。
ラボでは、電波の関係か、まともに聴けるのはNHKラジオのみである。

そういえば、私は中学時代から、NHKラジオのファンであった。
時差の関係で深夜にあるオリンピック競技は、ラジオで観戦?していた。

英会話や大学受験講座も大変お世話になった。
マックスEラッシュ先生やマーシャ・クラカワー先生など・・。

今日土曜日、朝食を済ませたあと、ゆったりとラボに来る。
ラボに人影はなく、のんびり仕事に取りかかる。
もちろんラジオを聴きながら。

土曜日のラジオはとくに楽しみである。
午前中には「文芸選評」、午後は「ぼやき川柳アワー」がある。
俳句や川柳が好きな私にとって、ゴールデンタイムだ。

今日、「カギ」というテーマで、こんな川柳の紹介があった。

「合鍵をすぐ準備する聞き上手」

聞き上手は相手の心の鍵を開いて、相手が言いたいことをうまく引き出すのだと。
蓋し名句である。

研究を進めて行くうえで、ラボの学生の考えがよく理解できないことがある。
私がうまく学生の心を開く合鍵を準備できていないのだと思う。

 

ラボミーティング

金曜日は定例のラボミーティングの日である。
毎週、ラボメンバー全員が発表し、ラボメンバー同士で議論する。
教授は議事進行役に徹する。(徹しきれないことも多いが・・)

このスタイル、私は気に入っている。
ラボメンバーが互いの研究を理解し、議論する機会を重ねれば
若い人にとって、よいトレーニングになると思う。

毎週、質疑応答を繰り返せば、おおよそ学会で聞かれるような質問は出尽くすだろう。
堂々と発表し、質問に応えることができる。

講演やセミナーで、どんな質問に対しても、私がそれなりに応じることを、
若い学生は羨ましく思うらしい。
「先生みたいにうまくできない」と。

違うんです。
単に、場数を踏んできたからなんです。

ハーバードに留学した当時も、毎週金曜日にラボミーティングがあった。
そして私は、文字通りの寡黙であった。

あるときから、ボスが毎回のミーティングで、
"Masahiko, what do you think?"(you のところにアクセントがくる)
と振ってくるようになった。
そして、"I don't know." あるいは "I have no idea."という返答はつねに封じられた。

それが1年半くらい続いただろうか。 先を競って発言する自分がそこにはあった。
そして "Masahiko, what do you think?" というお決まりのフレーズは、もうなかった。

いまの自分があるのは、この手荒い(温かい)トレーニングがあったからだといっても
過言ではない。

質疑応答の力を磨く王道は、場数を踏むことである。
Practice makes perfect. なのだ。

 

タンパク質の実像

留学して間もないころ、35S-メチオニンや125Iを用いて細胞タンパク質をラベルし、
免疫沈降を行う実験を多数行った。

Protein chemistryの基本すらしらなかった私は、ハーバード大学の生協で本を買い、
detergentの種類と使い分け、lysis bufferのpHはいくらがいいのか、
プロテアーゼ阻害剤の種類や作用、使い分けは?、
SDS-PAGEでタイトなバンドを得るにはどうしたらいいのか、
chemical crosslinkerの選択など疑問点を一つ一つ 自力で解決していった。

とはいえ、座学だけで実技がうまく行くなら、体操選手は練習しなくていいわけだ。
実際にやってみると、問題点だらけだった。
私の最初のゲルをラボミーティングで提示したとき、失笑が漏れたことを
いまだに覚えている。

日本人は工夫に長けた人種だ。そしてめげない。
本で調べたこと、新たに思いついたことをいろいろ試し、工夫を凝らすうち、
ラボで一番きれいなゲル結果を出せるようになっていた。

IEF/SDS-PAGE、NEPHGE/SDS-PAGE、還元・非還元2Dゲルも自力で立ち上げた。
2年もすると、ラボのメンバーが私にアドバイスを求めてくるようになっていた。

うちの学生さんは、フローサイトメトリーが好きだ。
簡便で、感度が高く、定量性もある。
ただ、フローサイトメトリーは、抗体が認識する分子の影を見ているにすぎない。

とくに新規抗体を使う場合には、能書きや伝聞を信じ込む前に、
免疫沈降を行って、タンパク質の実像を自分の目で確認してほしい。
1本のバンド、スポットには、実はたくさんの情報が包含されている。
エキストラバンドから、新発見が生み出される場合もある(経験談)。

そこに気づくかどうかで、研究の面白さは大きく変わってくる。

M1のI君は、そのあたりに気づきつつあるようだ。
しばらく黙って見守っていきたいと思っている。

 

修破離

バソコントラブルで、最近数ヶ月のメールを失ってしまった。
返信していないメールもあり、困ったことだが、
フリーザーの メルトダウンで大切なマテリアルを失うよりましだ。
受信フォルダがすっきりしたと、前向きに捉えよう。

メールの修復は諦め、近隣の書道教室が主催する展示会に伺った。
広い座敷の壁に、数十の作品が掲げられていた。
小学生から年配の方々の作品まで、それぞれに個性があって面白い。

先生が、パーフォーマンスとして、大きな書道用紙を畳の上に広げ、
太筆書きを披露された。

「修破離」

師の教えを守り修めたうえで、次第にその殻を破る。
そして最後に独自の新たな境地を築く、そんな含蓄の深いことばだ。

私は帰国後3年間、留学中の仕事を引きずっていた。
そんなとき、日本のウイルス学を牽引してこられたN先生から
「米国での仕事からいつ脱皮できるか、が大事ですね。」
とのご指摘を受けた。

自分も当時そのことを意識していたが、先生のご指摘は私の背中を強く押した。
以降、personal communication は別として、米国の恩師や同僚との
研究議論をいっさい行わないようにした。

まさしく、「修破離」の「破」を強く意識した。

ようやく最近になって、休眠結核の研究やエイズリポペプチド免疫など、
独自の研究、オンリーワンの研究ができてきた。

「離」の境地を築けてきた、と率直にそう思う。

 

脂質免疫の悲劇

今日午後は、2研究科の3件の学位審査に加わった。
どれも免疫関連のテーマで、新しい免疫細胞の発見やサイトカインの
新たな役割を実証したものであった。

発表も理路整然としていて、聞いていて審査員である私の方が勉強になったくらいだ。
発表者がすべて女性であったことは偶然だが、研究がすべて遺伝子改変マウスを
用いたものであったことは偶然というより、必然に近いものであったろう。

もう20年来、免疫学領域の多くの優れた研究は遺伝子改変マウスを用いたものである。

私の研究室でやっている「脂質免疫」は、実はマウスやラットにはそのシステムがない。
もちろんヒトを含め、他の哺乳動物には存在する。

タンパク質に対する免疫応答は重要で、脂質に対する免疫応答は重要でない、
などということがあるはずがない、 と私は信じている。

しかし、だ。
脂質免疫が世に出始めた頃、「マウスにないような免疫システムは重要でない」と
指摘されたことがある。

そこまでの先入観はもうないだろうが、免疫学の先進的な諸研究の仲間入りが
未だできていないことは、現実として受け入れ反省しなくてはいけない。

要は、まだまだアピールが足りない、実績が足りない、のだ。

学生の皆さん、モルモットやアカゲザルの実験だから、クリアカットなデータが
出せない、などという泣き言は止めよう。
アカゲザルの実験で初めて発見、解明できるヒトの免疫病態もある。

抗体などの市販のリエージェントやアッセイ系がなければ
自分でひとつひとつ立ち上げていくのだ。
それがこの研究領域の基盤構築と将来的な発展にもつながる。

そういうことをラボメンバーに言い続けて、数年になる。

目先にとらわれず、コツコツと努力するひとが、うちのラボでは着実に力を付け、
成果を上げているように思う。

「石の上にも・・」
いや三年ではちょっと足りないかもしれない。

 

小さな感動

学生も含め、研究をやる人間は単純である。

いい実験結果が出れば、すぐに詳細な報告をしてくるし、芳しくない
結果の報告は遅れがちになる。
研究がうまく行っているときほど、教授室に頻繁に議論に来る。
うまく行っていないときは、疎遠になる。

本来逆であるべきなのはだれでも分かる。
「そんなことではアカンで」と今日、何人かの学生に話したものの、
そうできないところが人情というものだ。
人間らしくていいといえばいい。

今日も感じたが、実験がうまく行ったときの学生の表情は、
生後数ヶ月の赤ちゃんが、ニコッと微笑んだときのような輝きがある。

実は私は、いまから20年近く前の留学中、抗体染色がうまく行って、
真夜中に蛍光顕微鏡の前で涙したことがある。

ベータ2ミクログロブリンを結合しない CD1b 重鎖を特異的に認識できる
ラビット抗血清を取りたかった。
ラビットを世話したこともなければ、掴み方も麻酔の方法も分からない。
だれも何も教えてくれない。(みんな、そんな余裕がない)

本を調べ、他のラボの研究者の仕草を見ながら、実践した。
抗原の調整方法もいろいろと試してみた。

1年半ほど経過した。 抗血清を使って、CD1b をトランスフェクトした
HeLa 細胞の蛍光染色を 行った。

CD1b 重鎖は小胞体でベータ2ミクログロブリンと結合したのち、
細胞表面やリソソームに分布する。
だから、ベータ2ミクログロブリンを結合しない CD1b 重鎖は
小胞体にしか存在しない。

顕微鏡の焦点を合わせたとたん、網状の染色パターンが眼前に現れた。
べっとりした細胞表面の染色やドット状のリソソーム染色はない。
それはまさしく小胞体が染まった reticular pattern だった。

それまでの苦労が報われたと思ったとたん、涙があふれてきた。
今から思えば他愛ない経験で、書くのも恥ずかしい。

だが、その reticular pattern の写真が載った JI の論文別刷を見るたびに、
また当時のことを懐かしく思い出す自分がいる。

そういう小さな感動がちりばめられているからこそ、研究生活は楽しく
やりがいがあるのだ。

若い人には、是非そういうことを感じとってほしい。